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刑法改正に関する若干の疑問


平成23年6月の刑法改正に関する雑感
法科大学院教授(刑法)原田保
 本年(平成23年)6月中旬に刑法改正によるウィルスソフト作成罪新設の情報を得て官報を探したが、公布は議決から1週間後であった。「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律」平23・6・24法74官報号外134号12頁である。その1条が刑法改正であるが、理解困難な点が幾つかある。いずれ起案担当者や当該分野に詳しい研究者による論文が公刊されるだろうが、さしあたり思いつくままに駄文を作成する。
 まず、ウィルスソフト作成罪の規定位置が不可解である。内容的には既存の電算妨害罪(234条の2)の予備罪的性質の罪である筈だから同罪の次に規定されると想像していたが、電算妨害罪に未遂罰則が追加された(これはこれで論争点になる)ものの、ウィルスソフト作成罪については新たな章を起こして「不正指令電磁的記録に関する罪」と題している。業務用電算機に限定されていないから業務妨害罪とは別類型だということだろう。しかし、その規定位置が、どうして印章偽造の罪(各則19章)と偽証の罪(各則20章)との間なのだろうか。元々、国家法益犯罪である偽証罪・虚偽告訴罪が他の国家法益犯罪と離されて社会法益犯罪である偽造罪の次という順序自体が不可解であり、「にせもの」と「うそつき」との類似性という観点で並べたのだろうと言われているが、ウィルスソフトには「にせもの」との共通性があるという理解なのだろうか。何か違うような気もする。この規定位置はウィルスソフト作成罪を社会法益犯罪に分類するという趣旨を示しているが、偽造罪における公共の信用とは無関係である。むしろ、業務用・非業務用の多数電算機に対して一挙に誤作動や記録破壊の危険を生じさせるという内容に鑑みれば、個人法益の大量危殆化という点で公共危険罪の一種であると言える。だとしたら、往来を妨害する罪(各則11章)と住居を侵す罪(各則12章)との間の方が適切だと思う。
そして、既存犯罪類型の改正もあり、わいせつ物頒布等(175条)に行為客体として「電磁的記録に係る記録媒体」が追加された。判例はサイバーポルノにつき記録媒体を「わいせつな物」に該当すると解釈して処罰対象に含めているので実務上処罰の穴があったわけではないが、サイバーポルノを明記して解釈上の疑義や文言上の違和感を解消することは情報処理高度化への対処として当然と言える。では、どうしてプリペイドカード偽造問題に正面から対処しないのだろうか。そもそも、昭62法52による電算関係刑法改正の際、文書偽造の罪(各則17章)に「電磁的記録」を追加しながら有価証券偽造の罪(各則18章)に同様の追加を行わなかったことに問題があり、そのためにテレカが有価証券であるのか否かが大論争になった。その後の平13法97で追加されたカード偽造罪(163条の2)は、行為客体を「支払用のカード」および「預貯金の引出用のカード」の2種類としており、プリペイドカード(プリペイドの語義上「予め支払った」のであって今から支払うわけではない)および借入用カード(借金するのであって自分の預貯金を引き出すわけではない)に関する疑義を作り出している。テレカ変造は過去の歴史になったと言えるとしても、多種多様のプリペイドカードや同様の機能を搭載した携帯電話(「カード」という文言に含めるのか?!)の普及状況に鑑みれば、この点に関する規定の整備は喫緊の問題である。情報処理高度化への対処を標榜しながら深刻な財産的被害や経済的混乱を生じさせるIT犯罪に関する規定の不備を何故放置しておくのか、到底理解できない。
更に言えば、現住建造物等放火罪(108条)や往来危険罪(125条)等の客体に「航空機」「バス」が入っていないことを何時迄放置しておくのだろうか。明治40年の現行刑法制定当時に航空機・バスという公共交通機関は存在しなかったところ、その後の昭29法57で1条2項に「日本航空機」が追加されたが放火罪・往来危険罪の方は改正されず、昭和49年の改正刑法草案で各種公共交通機関の追加が提案されていたのに、この部分の改正は行われないままになっている。情報処理と無関係であると言うなら、それは確かにその通りだが、今回の刑法改正では情報処理と無関係な公務の執行を妨害する罪(各則5章)も改正されているのだから、情報処理と無関係であることは放火罪を改正対象から外す理由にならない。満員のバスや航空機への放火がゴミ箱への放火と同一構成要件であるという不合理な状況(殺人罪にも該当するから改正不要と言うなら人の現在する建造物への放火という規定も不要になる)を放置していても構わないと考えているなら、これも理解できない。