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言葉と文化


言葉・文化
 TVや各種文書等を見ていると、色々と気になる。生きているうちに書いておく。
原田保

・リベンジ
  辞書を見ると、revengeの訳語は「復讐」「仇討」「怨恨」とあり、形容詞のrevengefulは「執念深い」である。「雪辱戦」という訳語の例もあるが、それも殺傷や侮辱の恨みを晴らすための報復の趣旨であって、要するに「怨恨感情」やそれに基づく「加害行為」がリベンジなのである。昨今の「リベンジ」は明るく健全に「再挑戦」「再試合」「次は勝つ」といった趣旨で使われているが、辞書を見る限りそのようなニュアンスは窺われない。例えば試合の負者が勝者の不正手段を恨んで闇討ち襲撃したら、それこそが正しくリベンジである。英語圏からの帰国子女が日本のスポーツ・ニュースで敗者の「リベンジ」発言を聞いて「恐ろしい人だ」との認識を形成したという実例もある。語義に反する誤用は止めてもらいたい。特にマスメディアにとっては、誤用を蔓延させることはその社会的責務に反する筈である。

・テンション
  興奮して騒ぐ様子に関して「テンションが上がる」とか「テンションが高い」とかいった表現が使われている。逆に、気分が沈んだり静かにしていたりすると「テンションが下がる」「テンションが低い」と言われる。しかし、tensionの語義は「緊張」である。だから、「テンションが高い」という表現が本来的に意味するのは、例えば面接試験で固くなって何も言えなくなっている状態である。昨今「テンション」という言葉で表現されている状態を英語で言うなら、「エキサイト(excite)」の方が適切である。これもマスメディアが誤用を蔓延させている場面である。

・テンパる
  前記の本来のtensionについては、「テンパる」という表現が使用されている。麻雀で牌が揃って「あと1枚で上がり」という状態が「テンパイ(聴牌)」であり、この中国語が日本語に入って「テンパイする」「テンパる」という表現になった。「緊張」という意味は全然ない。強いて言えば、テンパイして他の人に判るほど緊張する人もいるだろうが、それは初心者や下手な人である。上手な人は自分のテンパイを他の人に悟られないよう平静に振舞うのであって、だから、「テンパる」を緊張状態の意味で使い始めたのは、麻雀の下手な人達だと推測できる。麻雀の話のついでに言っておくと、テンパイを宣言して爾後牌を入れ替えないことを条件に上がり点を増やす「リーチ」を英語のreachだと思っている人が時折いるが、これも中国語で、漢字では「立直」である。

・氏名表示順序
  国際会議や国際試合等の報道を見ると、多くの場合、日本人の氏名が「名➝氏」の順で表示されている。私自身も、小学校のローマ字教育や中学校の英語教育の際に自分の氏名を「名➝氏」の順で表示するよう指導され、ローマ字表記や欧米人相手の場合にはそうするものだと思っていた。しかし、在外研究の機会を頂いて1年間ドイツに滞在した際に、それは不適切だと考えるようになり、常に「氏➝名」の順とすることにした。
  この方針変更の契機となった経験は幾つかある。「名➝氏」の順で表示したらTamotsuが氏だと誤解されたこともあり、「どっちが氏ですか?」と尋ねられたこともある。決定的だったのは、ドイツのTVや各種文書等の氏名表示における韓国人・中国人と日本人との「違い」であった。例えば、韓国の大統領は「チョン・ドファン」、日本の総理大臣は「ヤスヒロ・ナカソネ」なのである(昭和末期の話)。そして、氏が「チョン」「ナカソネ」であることは示されているが、日本人が(韓国人や中国人と異なり)自分の氏名をひっくり返していることは、必ずしも欧米人に周知されていない。その結果、このようなTVや文書に接した人が、氏名表示方法に関して、韓国や中国では欧米と逆に「氏➝名」の順だが日本では欧米と同じく「名➝氏」の順であると認識することは、容易に推測できる。因みに、ハンガリーの氏名表示は「氏➝名」の順であり、欧羅巴の中で例外的である。だから、亜細亜の中でも日本だけが例外的に「名➝氏」の順だと思われても不思議ではない。これが誤解であることは勿論だが、誤解の原因は自分の氏名をひっくり返して表示してきた日本人にある。逆順表示の理由は、Tamotsu HaradaでなければHaradaが氏だと欧米人に判ってもらえないということだろうが、韓国人・中国人が正順表示で判ってもらえているのだからこれは杞憂であり、氏名表示方法に関する誤解を生じさせる点で有害である。亜細亜人相手だからといって「氏➝名」の順で名乗る欧米人は滅多にいない。自分の氏名をわざわざひっくり返すのは、想像を絶することなのである。
加えて、「原田 保」という漢字正順表示の下に“Tamotsu Harada”というローマ字逆順表示を並べる例もあるが、漢字の読めない人が見れば、「原田」が“Tamotsu”であり「保」が“Harada”だと認識するに決まっている。文字の読み方まで誤解させているのである。
  幕末に遣米使節の1人であった木村摂津守という人物は現地の印刷屋で名刺を作ったが、それはKimura Settsu-no-kamiという正順表示だった由である。日本人が何時から逆順表示するようになったのか、森有礼あたりが元凶かと推測するが、経緯はともかく、氏名逆順表示は誤解を生じさせるだけで、有意義な点は全然ない。何でも欧米(という一般化も適切ではないが)に合わせるのは唯の迎合であり、違いを知ってもらうことも国際交流の一部である。日本は国を挙げて氏名逆順表示を止めるべきだ。

・国際郵便宛先表記
  氏名表示と同様の話である。かつて、郵便局から受領した郵便番号簿の末尾に外国から日本宛の郵送に関する指示が記載されていた。その内容は、宛名をローマ字で「名➝氏」の順に書いた後に日本国内宛先住所をローマ字で「地番➝地名➝都市名」の順に書き、最後にJAPANと書け、というものであった。私は、当初はそんなものだと思っていたが、大学生当時にアメリカに短期留学に行った友人からの手紙を見て、認識を改めさせられた。その手紙の宛先は、国内郵便と同じく漢字正順で東京都新宿区戸塚町・・・早稲田大学刑事法研究会御中と住所・宛名を書いた後に、ローマ字でJAPANと書いてあった。これでちゃんと届くのだ。ローマ字逆順表記を信じていた自分の愚劣を恥じた。
  外国から発送された郵便物が日本の宛先に届く迄の作業を考えれば判ることである。外国の郵便局員の仕事はJAPONあるいはJAPANの表記を見て日本に送ることで終了する。だから、漢字文化圏からの発送なら漢字で日本と書けば日本に届く。外国の郵便局員にとって、日本国内宛先住所が12 Araike, Iwasaki-chou から書いてあろうがAichi-ken, Nisshin-shi から書いてあろうが、あるいは読めない未知の文字であっても、その部分は仕事に無関係であるからどうでもよい。多分、見ることもない。御丁寧にNisshin-cityと書く例もあるが、Nisshinが市(city)の名称であることを知ろうが知るまいが、外国の郵便局員の仕事には何の影響もない。外国の郵便局員が見ることもない日本国内宛先住所を外国の郵便局員に判るように書こうとするのは、唯の無駄以外の何物でもない。そして、日本に到着した後は国内郵便と同じく日本の郵便局員が配達する。日本の郵便局員が日本国内宛先表記の唯一の読み手であることに鑑みれば、国内郵便と同じく漢字正順表記が合理的である筈だ。ローマ字表記は読めるが面倒であり、逆順だと更に面倒である。ローマ字しか書けない外国人ならローマ字表記は仕方ないが、それでも逆順表記は日本の郵便局員に余計な神経を使わせるだろう。ましてや、日本語の書ける者が敢えてローマ字で逆順表記するなら、それは殆ど嫌がらせである。
住所のローマ字逆順表記は欧米の住所表記方法に合わせる(これも迎合!)趣旨だろうが、例えば12 AraikeかAraike 12かは国によって異なり、「欧米方式」という一律のものではない。いずれにしても、かかる有害無益な愚行も直ちに止めるべきだ。