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「別府大仏」研究途中報告


愛知学院大学教授 (刑事法) 原田 保
 遺骨仏たる別府大仏について研究中のところ、勤務先で途中報告の機会を頂いた。論文未完成だが、現時点での成果の一部を書いておく。寺院関係者・図書館職員・同僚教授から頂いた御助力に感謝申し上げる。

 事実関係を調査していたら、流布されたインターネット情報の誤謬を発見した。誤謬の是正は早い方が良いと考え、まず指摘する。誤謬は、
 1 別府大仏建立者・岡本栄信師が栄信寺を建立した。
 2 現在の寺は別府大仏解体後に移転してきた別の寺である。
 3 別府大仏は阿弥陀如来である。
という記述である。以下、正しい事実を判断根拠と共に記述する。
 1 栄信寺ではなく信栄寺である。
 豊州新報昭3・3・28朝4面、渡邉友一『大仏山縁起録』(昭3) 33頁、セメント界彙報229号 (昭5) 口絵、「大仏記念絵はがき」袋 (今日新聞平20・12・25夕1面写真) には、「大仏山信栄寺」の記載がある。安部巌編『写真集明治大正昭和別府』(昭55) 60頁にも、「信栄寺大仏尊」の記載がある。昭和時代の印刷物に、「栄信寺」の記載は見当たらない。インターネット情報の「栄信寺」は、「信栄」寺と「栄信」師との字順の相違を看過した誤謬だと推測される。栄信師による建立については、後述する。
 2 現在の寺は別府大仏解体前から同所に存在している。
 別府大仏跡地に現在ある寺は「宝持寺」であるところ、別府市教育会編『別府市誌』(昭8) 422頁~423頁には、江戸時代創建の「宝持寺」が昭和2年に植田村 (現在は大分市) から別府大仏所在地への移転を許可された旨の記述がある。別府市編『別府市勢要覧昭和十二年版』26頁および同書昭和十三年版13頁にも、同地の寺として「宝持寺」が記載されている。『全国寺院名鑑』(昭44) 巻末494頁、『日本寺院名鑑』(昭57) 1838頁、『寺院大観第三巻』(平6) 1588頁、『日本寺院総鑑2000年版』1542頁も、同様である。「宝持寺」が別府大仏の建立時から解体後の今日まで継続して同所に存在していることに、疑問の余地はない。
 別府大仏解体後の変化としては、平成5年の堂宇新築がある。従前から存在していた宝持寺の堂宇なのだが、別府大仏の衰退に伴って同寺の実体が殆ど消滅していた状況で堂宇が新築されたことから、「別の寺が来た」との誤解が生じたと推測される。
 3 別府大仏は、阿弥陀如来ではなく釈迦如来である。
 仏像の外見としては、印相が九品印ではなく定印であることから、明白である。但し、外見上の誤謬がやむを得ない擬制であった可能性もあり、この点は後述する。
 4 信栄寺と宝持寺との関係如何?
 誤謬の指摘に続けて、疑問を提示する。栄信師による寺の建立や別府大仏が阿弥陀如来なのか釈迦如来なのかという問題に関わる事柄である。
 公的印刷物に別府大仏所在地の寺として記載されたのは、宝持寺だけである。読売新聞昭4・8・7朝4面には別府大仏を納める仏殿の計画が報じられているところ、その計画団体の名は「大仏山宝持寺保存会」である。臨済宗妙心寺派宗務本所で尋ねたら、信栄寺は「あり得ない」とのことであった。別府大仏所在地に存在するのは宝持寺だけであって、栄信寺は勿論、信栄寺も公式には存在しないのである。
 でも、別府大仏管理者が「信栄寺」の名を標榜していたことは間違いない。必然的に、信栄寺とは何なのか、宝持寺と如何なる関係にあるのか、という疑問が生じる。同じ寺の別称か、同じ場所に併存する別の寺という趣旨か、という問題である。
 そして、同じ寺か別の寺かは、建立者が栄信師か否かに関わる。また、宝持寺の本尊は阿弥陀如来であるところ、本尊として礼拝するべき別府大仏が外見に反して阿弥陀如来として扱われるのか外見通り釈迦如来なのかも、同じ寺か別の寺かによって結論を異にすることになる。
 これらの事実関係は、別府大仏の権利関係・管理体制に関わる問題であるから、法的評価の前提として確認を要するところである。

 法的評価の中心は別府大仏に混入された人骨等であるところ、駄文筆者としては別府大仏建立時の人骨等取扱は適法だと考えている。論証は省略するが、駄文筆者の解釈に同僚教授から異論はなかった。
 問題は別府大仏建立後の人骨等の法的性質であり、これが解体撤去時の人骨等取扱に対する法的評価に影響する。人骨等に対する所有権は、別府大仏建立に際して、混和・付合・加工を経由して、別府大仏所有者に帰属したと解し得る。しかし、財産法上の所有権だけでは済まない。
 相続法に規定された祭祀に関わる権利義務や人骨等の祭祀対象物としての性質は、どうなるのか? 刑法の遺骨損壊遺棄領得罪に規定された遺骨としての性質は、どうなるのか? 財産法に基づく所有権変動は、これらの点に影響を及ぼすのか?
 駄文筆者は未だ結論に到達していないが、検討方法については同僚教授から支持が得られた。御助言を仰ぎながら、検討を継続する所存である。
(令元・12・24)