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「あおり運転」の処罰に関する私見


愛知学院大学教授 (刑事法) 原田 保
 処罰は当然だが、道路交通法の新犯罪類型という方法には賛同できないので、以下に問題点の幾つかを指摘する。愛知学院大学法務支援センターHPブログ平29・6・16 (法律ブログ集vol.1平成29年度4頁) に書いた「危険運転致死傷罪の欠陥」も御参照頂きたい。
1 暴行との関係
 「あおり」「幅寄せ」「かぶせ」等、高速度で著しく接近する行為が衝突による死傷の危険を生じることは明白であり、車内の人の身体に対する有形力行使として刑法208条の暴行に該当する。かかる行為による死傷を傷害罪・傷害致死罪で処罰した判例は、昭和時代から存在する。当該行為自体で暴行罪が成立するという判断が前提となっている。暴行罪での処罰例が見当たらないのは、ドラレコがなかったから死傷に至らない事件を立証できなかっただけのことであって、暴行罪不成立と判断されていた訳ではない。「あおり運転」は、強要罪を措いても、暴行罪で処罰できる。
 だから、「あおり運転罪」を新設すると、暴行罪との関係を論じなければならなくなる。両方とも成立するのか、どちらか一方だけなのか、という問題である。暴行罪は純粋に人身犯罪だが、「あおり運転罪」を道路交通法に規定すると社会法益が問題になるから、法益論を含めた議論になる。法定刑も判断素材になるが、もともと暴行罪の法定刑が軽すぎるという問題があり、危険運転致死傷罪の新設に際して不合理な法定刑が規定されたことに鑑みると、「あおり運転罪」の法定刑が合理性を有する保証はない。
 「あおり運転罪」新設の理由として「現行法に罰則がない」旨の言説があるが、暴行罪を看過した誤謬である。犯罪相互の関係が正確に認識されていないなら、合理的立法は期待できない。
2 危険運転との関係
 検討されている「あおり運転罪」の内容は、自動車運転死傷処罰法2条の危険運転致死傷罪に規定されている著接近行為 (4号) とほぼ同一である。故に、あおり運転による死傷は危険運転致死傷罪に該当することになり、そうすると、死傷前に成立していた「あおり運転罪」との関係を論じなければならなくなる。危険運転致死傷罪が成立すれば「あおり運転罪」は吸収されて不成立という結論が想定されるが、そうであるなら、既存の著接近行為を「危険運転罪」として処罰対象にする方が判り易い。
 危険運転致死傷罪の新設に際して危険運転罪を規定しないこととした判断については前記ブログで批判したが、危険運転致死傷罪の基本行為全部を「危険運転罪」として処罰対象にすれば、「基本犯なき結果的加重犯」という不合理も解消できる。立法政策としては、危険運転致死傷罪の基本行為を、致死傷罪の単なる要素から基本犯構成要件に変更する方が、遙かに適切である。
3 更なる問題
 「あおり運転罪」だけでなく「あおり運転致死傷罪」まで規定すると、問題は更に複雑化する。既に傷害罪・傷害致死罪と危険運転致死傷罪との関係が解釈論争になっているところへ、「あおり運転致死傷罪」との関係如何が付加されて、3種類の犯罪の使い分け基準を論じなければならなくなるのである。
 昨今の重罰信仰に鑑みると、「あおり運転罪」の主張が「致死傷罪」の主張に発展する可能性は否定し難い。危険運転致死傷罪を含めて、暴行罪・傷害罪・傷害致死罪との関係を検討しなければならないのだが、たぶん無視される。実に遺憾である。
(令2・2・10)