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TOP >  ブログ >  GPSストーカー事件最高裁判決の意義 [最一小判令2・7・30] 

GPSストーカー事件最高裁判決の意義 [最一小判令2・7・30] 


愛知学院大学法務支援センター教授 原田 保
新聞記事を見て誤解の危惧を感じたので、駄文を記す。
 最一小判は行為場所が被害者の「住居等の付近」ではないとの理由でストーカー罪成立を否定したが、多くの新聞記事見出しは「見張り」に該当しない旨の判決だと記述している。「住居等の付近」の表記を欠くと、この要素の否定が表示されず、「見張り」という要素の否定にしか見えない。要約として是認できる表記ではなく、正確な報道とは評し難い。

 「住居等の付近において見張り」には、下記の論点・見解がある。
論点1:公道走行中の自動車は「住居等」に含まれるか?
  見解1-①:含まれる。
  見解1-②:含まれない。
論点2:送受信機使用の場合、「付近」であることを要するのは何処か?
  見解2-①:送信機設置場所。
  見解2-②:受信機操作場所。
論点3:「付近」とはどの程度の距離か?
  見解3-①:望遠鏡等の使用を含めて、見張りが可能な範囲。
  見解3-②:直接的目視が可能な範囲。
  見解3-③:直接的加害が可能な範囲。
論点4:「見張り」は対象者に対する視認を要するか?
  見解4-①:要する。
  見解4-②:要しない。
 本件上告で援用された福岡高判平29・9・22は、本件類似のGPSストーカー事件につき、見解1-①および見解2-①を採用したと評されている。最一小判は、論点1につき判例変更を明言して見解1-②を採用し、論点2については判断を示さなかった。見解1-②を前提にすれば、本件ではどちらの場所も住居等の付近ではないから、その旨の判示で済む。
 論点3は本件争点ではないので、当然に見解表明はない。スマホ遠隔操作窃視事件で被害者居室から約12km離れた場所を「住居等の付近」と認めた名古屋地判があるが、昨年の本学法学研究に書いたので省略する。
 本件原判決は見解4-①を採用しており、まさにGPSが「見張り」に該当しないとの判例であったが、最一小判はこの点に言及していない。
 なお、場所的限定を「見張り」という文言の内容に含める見解があり、これを前提にすれば、最一小判はGPSが「見張り」に該当しないと判示したという表現も可能になる。しかし、判文中に当該解釈の採用と認め得る叙述はないので、新聞の表記が適切と評価し難いことに変わりはない。
 立法の当否としては、ストーカー規制法が社会の実態に追い付いていない旨の新聞記事もあるが、制定当初から社会の実態を無視していた。情報機器関係では、メイル機能付き携帯電話が普及していたのに、メイル規制を規定しなかった。根本問題としては、制定の契機となつた桶川事件が代行ストーカー事件であったのに、代行ストーカーを規定しなかった。メイル規制は追加されたが、代行ストーカーは規定欠落のままである。他にも不合理な点が多々あるが、過去の論文やブログに書いたので反復しない。
 賛成でも反対でも、法令・判例の内容を正しく理解していないと無意味な議論になる。本駄文が正しい理解の助力になれば、光栄である。なお、他の研究者が駄文筆者と異なる理解を示す可能性を留保しておく。
(令2・8・9)