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死体に対する「遺棄」と「隠匿」との関係


愛知学院大学法務支援センター客員教授・弁護士 原田 保
 死体隠匿は死体遺棄であるという解釈の誤謬について述べる。
★語義
 「遺す・棄てる」と「隠す」とは意味が異なる。法的にも、刑法190条の死体遺棄罪とは別に、かつて警察犯処罰令2条34号が死体隠匿罪を規定しており、「遺棄」と「隠匿」とは異なる概念として使用されていた。
★判例
 死体の土中埋没が行われた事案で死体遺棄罪を認定した判例は大審院当時から存在するが、実行行為は親族の死体不葬送や非親族の死体移置であった。土中埋没による死体隠匿を実行行為と認めた訳ではない。
 ところが、不葬送・移置による死体遺棄罪の付随事情でしかなかった隠匿が、実行行為と解されるようになった。福岡地飯塚支判昭40・11・9は、殺人2件のうち、死体に枯枝を被せた1件につき死体遺棄罪を認定し、そのような措置なく放置した1件につき同罪不成立と判示した。大阪地判平25・3・22は、親族の不葬送につき、死体隠匿による作為死体遺棄罪の評価に含まれると説示して、不作為死体遺棄罪不成立と判示した。
★死体発見困難化による葬送妨害
 この「死体隠匿」即「死体遺棄」という解釈の根拠として、死体隠匿による発見困難化のために適時の葬送が妨害される、と説明されている。そのような事態の発生は肯定可能であるが、法益侵害の論証になり得ない。
 例えば、山中で倒れている要扶助者に枯枝を被せたら、発見困難化により適時の保護が妨害されるが、これを要扶助者遺棄罪であると論じる見解は見当たらない。この設例は、「救助妨害」問題を具体的救助行為未着手事例に変えたものであり、この問題の解決を要する。
 葬送されないとの理由で違法評価するなら、それは葬送義務者の不作為犯である。それを非義務者の作為犯とするのは、行為の構造や帰責の根拠を無視する論理であり、「救助妨害」問題を看過している。
 また、ここに所謂葬送妨害は、具体性のない将来の葬送に対する危険犯的妨害である。これを刑法190条により上限懲役3年の死体遺棄罪とすることは、実害犯たる葬送妨害が同法188条2項により上限懲役1年の葬式妨害罪になることと対比して、明白かつ不合理な軽重逆転を生じる。
 もしも発見困難化が法益侵害になるなら、逆に発見容易化は法益保全になる筈である。しかし、死体の路上投棄は死体遺棄罪とされる。発見容易化であるから法益侵害が存在しない旨の弁護人主張を理由説示なく排斥した判例も存在する。発見容易化が死体遺棄罪の違法評価を免れないなら、発見困難化が同罪の違法評価を受けるのは矛盾である。
 以上の通り、死体発見困難化による葬送妨害という説明は論理的誤謬であり、それは、かかる説明で根拠付けられる「死体隠匿」即「死体遺棄」という解釈の誤謬を証明するものである。 
★違法評価の根拠
 死体の土中埋没は発見を困難にし、路上投棄は発見を容易にするが、どちらも死体遺棄罪成立に疑義はない。つまり、発見の難易は死体遺棄罪成否と関係ない。同罪成立の根拠は、死体がそのような場所にある、そのような状態にある、という現状が公衆感情を害することである。

 以上は、熊本のベトナム人技能実習生死産児事件を契機に思考を進めた結果の一部である。思考の機会を与えて下さった新聞記者および同事件弁護人に感謝申し上げる。
(令4・3・29)