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薬物犯罪とその法的規制をめぐる諸問題(1)


愛知学院大学教養部教授 梅田 豊
 現在日本で薬物犯罪の対象として規制されているのは、覚せい剤、ヘロイン、コカイン、あへん、LSDなどのいわゆるハードドラッグの他に、最近特に問題となっている大麻(マリファナ)などがあります。近年、典型的なハードドラッグである覚せい剤の検挙数は減少傾向にありますが、大麻の検挙数は特に若年層を中心にかなりの増加傾向を示しています。もっとも、世界的に見れば、日本の薬物犯罪発生率は極めて少ないというのが特徴です。諸外国と比較した場合の日本における薬物犯罪の発生率は数十分の一程度です。
ところで、その薬物犯罪をどのように規制するのかという点で、世界の流れと日本の現状には大きな隔たりがあります。日本では未だに、薬物犯罪に対しては、基本的に刑罰を科して抑止するという考え方です。それに対して、世界の流れは基本的に刑罰ではなく治療(非犯罪化)によるというのが主流なのです。
 例えば、アメリカ合衆国には「ドラッグコート」と言われる制度があります。薬物犯罪のみを扱う特別の裁判所で専門的なプログラムが提供されます。アメリカも、以前は薬物犯罪に対しては厳罰主義で臨んでいましたが、薬物乱用者が一向に減らなかったため、1990年頃からドラッグコートの取り組みが始まります。ドラッグコートでは、裁判の審理期間を利用してさまざまな薬物依存回復プログラムが提供されます。被告人は、定期的に裁判所に通いながら、薬物使用を断つための認知行動療法による治療を受けます。無事にプログラムが修了できた場合には、裁判は打ち切られ前科もつかず社会復帰がしやすい制度なのです。
 また、ヨーロッパでの取り組みとして、「ハームリダクション」というものがあります。文字通り、違法薬物を「使わせない」でなく少しでも「ダメージを減らす」という考え方に基づきます。刑罰によるだけでは問題は解決しない、という発想が根底にあります。例えば、ヘロイン常習者に同じ効果があり効き目が長い鎮痛剤メタドンを投与するメタドン維持療法や、薬物使用に必要な安全な(HIVやC型肝炎の感染予防のための)注射器を配布・交換する、そのための注射スペースを提供するなど、様々な施策が行われています。一見、薬物使用を手助けするだけと思われるかもしれませんが、例えばその注射スペースには医療・福祉・生活相談員が配置されて様々なサポート体制が整えられているのです。
例えば、ポルトガルでは、1990年代半ばにヘロイン使用者が人口約1千万人の1%にまで達し、注射器の使い回しでHIV感染による死者も急増しました。そこで「非刑罰化」の方策が採用されたのです。メタドン維持療法などのハームリダクションを実施すると共に、麻薬などの使用・所持を(原則禁止しつつも)、個人使用・少量所持は逮捕しないこととしました。当初「薬物使用者が激増するのでは?」との危惧・反対論もありましたが、結果は逆で、むしろ薬物使用者が減少したのです。非刑罰化は、早い段階で相談しやすいというメリットがあり、逮捕される心配がないため不正購入の必要もなくマフィアなど地下組織への資金流入を断つと共に、取り締まる警察の費用も削減されました。まさに一石三鳥と言える結果になったのです。(次回に続きます。)
(AGULS第62号(2022/9/25)掲載)