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TOP >  ブログ >  2017年度 >  撒骨 (散骨) に関する虚偽および誤謬

撒骨 (散骨) に関する虚偽および誤謬


                                        愛知学院大学教授 (刑事法)  原田 保

 撒骨 (散骨) に関する言説のうち、真実の事実に反する虚偽および論理的に成立し得ない誤謬を指摘する。

[1] 法務省公式見解は存在しない
 撒骨について、「節度を以て行われる限り問題ない」との言説が、「法務省公式見解」という名称を以て流布されている。ここには重大な虚偽がある。
 実態は、1人の撒骨推進論者による口頭発言でしかない。発言者は法務官僚であったが、この人が法務省を代表する立場にあった訳ではないし、法務省としての検討・統一見解形成が行われた訳でもない。法務官僚1人の個人的見解に「法務省公式見解」という架空の名称が付されたのである。法務省内に賛同者がいても、法務省という機関の見解ではない。
 そもそも、官庁の公式見解と呼べるのは、省令・大臣訓令・通達、等々、法的根拠を以て官庁の名で公示される言明である。書面が作成され、公衆の周知を要する事柄なら官報に登載される。撒骨の適否に関して、そのような官庁の言明が発せられたという事実は存在しないし、法務省は撒骨の適否に関して公衆に法解釈を示す権限を与えられていない。撒骨の適否に関する「法務省公式見解」なるものは、現に存在しないだけでなく、制度上存在し得ないのである。
 「法務省公式見解」という偽名の不当性は、平成28年11月の宗教法学会で概ね共通認識であったし、従前から法律家以外の葬送研究者も指摘している。「法務省「官僚」見解」と呼ぶ研究者もいる。しかし、少なからざる人々が、このような専門家の議論を全く知らないまま、「法務省公式見解」というデマを信じていると推測される。
 一部の報道機関が「法務省公式見解」と表記して報道したが、明白な誤報であり、報道が誤解蔓延の一因となった可能性もある。虚偽だと知りながら流布させたなら、公衆を欺罔する悪辣な所業である。記者・編集者が本当に「法務省公式見解」だと信じていたなら、報道機関の資質を問われるべき調査不足・無知である。いずれにしても、誤報の原因・経緯を調査して訂正するべき事態である。
 「法務省公式見解」は、内容的にも法適用基準としての使用に耐えない粗雑なものだが、その点を論じる前に、存在自体において明白な虚偽・捏造である。公式にも非公式にも撒骨に関する官庁の容認言明は存在しないのであり、この事実は葬儀業界を含めて社会全体に周知されなければならない。

[2] 墓埋法は適法評価の根拠にならない
 墓地、埋葬等に関する法律 (墓埋法) に、撒骨を規制・禁止する規定はない。しかし、禁止規定がないから許容されている、という解釈は、論理的に成立し得ない誤謬である。
 墓埋法は、墳墓埋蔵または納骨堂収蔵を前提とする埋葬 (土葬) および火葬の条件や手続等を規定するだけである。これ以外の死体取扱については、何も規定していないから、同法による規制もあり得ない。そんな当たり前の事柄を厚生官僚が述べたからといって、厚生労働省が撒骨を公認したことになる筈もない。
 墓埋法には、撒骨禁止規定がないだけでなく、撒骨許容規定もない。故に、墓埋法は撒骨許容の根拠になり得ない。むしろ、行旅病人及行旅死亡人取扱法を含めて、陸上での葬送に関する法律に規定された方法が土葬・火葬の2種類だけであることから、これ以外の死体取扱は現行法上葬送と認められない、という解釈が、論理的に成立可能である。
 撒骨を法的に是認するためには、前提条件として土葬・火葬に関する墓埋法と同様の法的規制が必要だ、という見解もある。逆に言えば、規制を含む法律が制定されない限り、適法な葬送とは認められず、遺骨遺棄罪に該当する、という解釈も可能である。
 このように、撒骨の法的評価を墓埋法に基づいて論じるなら、「撒骨は遺骨遺棄罪になる」という結論はあり得るが、「撒骨は適法だ」という結論は導き得ない。現行法解釈として撒骨を適法と評価するためには、墓埋法以外の根拠に基づく論証を要する。

 論理的に成立可能な法解釈なら議論の対象になり得るが、以上の2点は議論の余地もない。虚偽を排除して真実の事実を認識するべきであり、論理的に成立し得ない言説が誤謬であることを正確に理解するべきである。撒骨の適否は、真実の認識および正確な理解を達成した上で、熟慮・議論するべき事柄である。解決済の問題では決してない。
 なお、論理的には提示可能であっても著しく不合理としか評し得ない言説も蔓延している。これについては、後日に論じる。
(平29・7・13)