グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



TOP >  ブログ >  2019年度 >  失念株

失念株


愛知学院大学法務支援センター教授 服部 育生
 Aから甲株式を譲り受けたBが名義書換を失念している(株主名簿上の株主は依然としてAのままである)間に、甲会社が剰余金の配当や株式分割を行ったとすればどうなるか。これが失念株の問題である。Bが名義書換手続を忘れていた場合に限らず、何らかの理由により敢えて名義書換請求しない場合も含まれる。
 株式譲渡は、名義書換をしなければ、会社に対抗できない(会社130条)。甲会社は、株主名簿上の株主(名義株主)Aに対して、配当金や分割株式を交付すれば足りる。しかしBへの名義書換が未了であっても、株式譲渡の当事者たるAB間では既に譲渡の効力が生じており、Bを株主と見るべきである。したがってBは、名義株主Aに対し、Aが甲会社から受領した配当金や分割株式について、これを不当利得(民703条・704条)として返還請求することができる。分割株式をAが保有し続けているならば、BはAに対して原物返還を請求できる。もしAが分割株式を第三者に売却していたならば、BはAに対して売却代金相当額の返還を請求できる(最判平成19年3月8日民集61巻2号479頁)。売却後の株価の変動如何にかかわらない。
 上記と異なり、Bへの名義書換が未了の間に甲会社が株主割当ての募集株式発行(会社202条)を行い、名義株主(譲渡人)Aが新株を有償取得した場合であれば、どうなるか。最高裁は、譲渡当事者間においても、譲渡人Aが権利者であり、名義書換を失念した譲受人BはAに対して何も請求できないとする(最判昭和35年9月15日民集14巻11号2146頁)。Aの利得には法律上の原因が存在するので、Bからの不当利得返還請求は否定されるという。学説は本判決に批判的である。不当利得の成立を認めるとすれば、新株発行直後の甲株式の時価と払込金額との差額がAの不当利得ということになろう。学説の中には、甲会社に払い込まれた新株の払込金額をAに償還するのと引き換えに、BはAに対して新株の返還を請求できるとする見解も存在する。
 株主割当ての募集株式の発行では、名義株主Aが株式引受けの申込みをしなかったり、払込期日(払込期間)に出資の履行をしなければ、Aは失権する。そこではBからAへの不当利得返還請求は問題とならない。
 上場株式については、株式振替制度の下で、総株主通知に基づき名義書換が行われる。現在では、非上場株式についてのみ失念株の問題が生じる。
(AGULS第31号(2020/2/25)掲載)