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「所有権」は放棄できるのか


愛知学院大学法務支援センター教授 田中 淳子
 「所有権」の規律は、民法典の第2編第三章において、「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する」(206条)と規定されています。この規定によって、例えば、管理に負担を感じ、手放したいと思っている田舎の不動産(「負」動産)の所有権の「放棄」が認められるものではありません。これを認めると所有者が関心を無くした市場価値の低い土地や維持・管理の負担が大きい土地すべて「国庫に帰属」(239条2項)してしまいます。
 いわゆる近代的土地所有権は、封建的社会を打倒して獲得した排他的、絶対的な私的所有権であり、「使用」も「処分」も一方的に「自由」にできるようなイメージを抱きます。しかし実際の規定は、「法令の制限内において」のみ「自由である」という「内在制約付き」です。最近では、むしろ、内在的制約の方に関心が高まっています。少子高齢化、都市化した現代社会において、長年にわたり土地の維持管理をせず放置されることで、倒壊しそうな廃屋が増え、近隣地域の治安の悪化や大規模災害の発生のリスクを高めるからです。
 現行法では、相続人全員が放棄し、相続財産管理人の選任、特別縁故者もいない場合でなければ、国庫へ帰属させ不動産の管理をしてもらうことはできません。危険な崖地の管理費が重いとして国庫に寄付を希望しても権利濫用(民法1条3項)にあたるとして放棄は認められません(昭和41年8月27日付民事甲第1953号民事局長回答)。また、現在の登記実務では、登記権利者(国)と共同申請(名古屋高判平成9年1月30日行集48巻1=2号1頁)が必要で、所有権放棄者は、国の協力がなければ自己の所有権の消滅を登記できない仕組みです。権利の「放棄」も一種の法律行為であるとすると、民法では「公序良俗に反する行為」は無効(90条)、あるいは権利濫用(1条3項)として許されません。
 現在では、「所有者(の所在)不明の土地」の問題には、「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」(平成三十年国土交通省令第八十三号)によって、公共的利用であれば、所有者を探索した後、所有者不明のままであっても利用することができる等、特別法により、管理不全に陥った土地(国土)の平穏な管理の実現のため、国が従来の所有者に代わり、維持・管理が可能になりました。
 近時、法務省で放棄を含め土地法制について議論がされています(「民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案」(令和元年12月3日)。そこでは、民法206条には「内在的制約」(母法フランス法でも、「法律・規則」(特に住民自治法規)による制限を許容)があることを前提に、適正な手続きの下、「公共財」である土地(国土)に対し国・自治体が介入(利活用)することを認める方向で議論が進んでいます。中間試案では、土地所有者が土地の管理に係る一定の費用を負担すること、土地所有者が相当な努力をしても土地を譲渡できなかった等、厳格な要件を充足した場合に土地の所有権を放棄できるとする規律の創設が提案(http://www.moj.go.jp/content/001309492.pdf)されています(なお、建物は放棄の対象にはなりません)。
(AGULS第39号(2020/10/25)掲載 )