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TOP >  ブログ >  2021年度 >  人骨取扱の諸問題

人骨取扱の諸問題


愛知学院大学法務支援センター客員教授・弁護士 原田 保
 令和4年3月16日に、勤務先で退職予定教員の「最終講義」として研究報告会が開催され、駄文筆者も報告の機会を頂いた。その概要を記載しておく。

1 葬送の客体
 火葬場で骨揚した後の残留骨は刑法所定の遺骨に該当しない旨の大審院判例があり、厚生省は墓地埋葬法所定の焼骨概念をこれに揃えた。個人の葬送権から外れたら社会法益犯罪たる遺骨に対する罪の客体からも外れるという解釈は、法益の主体が異なることを無視する論理飛躍である。
 礼拝者不在の古墳は墳墓発掘罪の客体ではない旨の大審院判例もある。墳墓に対する罪も社会法益犯罪であるのに、個人の葬送権から外れたら同罪の客体からも外れるという解釈であり、やはり社会としての尊重という認識が欠落している。
 古墳内の死体が埋蔵文化財と認められたら死体解剖保存法の適用対象から外れる旨の厚生省回答もある。古代人の死体が文化財的価値を有することは否定できないが、死体であることに変わりはない。法律上の死体概念から外す解釈は、死体が担う社会法益を無視している。
 法律上の墳墓・死体でなくなれば、墳墓・死体に対する罪の構成要件該当性が全面的に否定され、売買や研究等の取扱に対する制約がなくなる。しかし、私見としては、展墓・死体であることを前提として、他の正当優越法益との比較衡量による違法性阻却を論じるべきだと解する。

2 葬送の内容
 死体は葬送されるべきであるという社会通念を内容とする公衆感情が死体等に対する罪の保護法益であるから、葬送は法益保全行為であって同罪構成要件に該当し得ず、不葬送・非葬送のみが同罪構成要件に該当し得ることになる。
 かようにして葬送であるか否かが同罪構成要件該当性の判断基準であるが、現行法中に葬送の定義規定はない。墓地埋葬法に規定された「葬る」という文言は死体等に対する保存措置を内容としているが、刑法の適用に際して保存措置がなければ葬送ではなく死体等に対する罪の構成要件該当行為であると解するべきか否かは、未解決問題である。
 一部の火葬場では遺族の希望に応じて骨を遺さない完全焼却を実施している。撒骨は隆盛を迎えようとしている。保存措置が葬送の要素として必須であるなら、これらの取扱は死体損壊罪・遺骨遺棄罪の構成要件該当行為であることになる。
 駄文筆者自身は保存必須と考えていないが、社会法益犯罪を論じるのであるから、大多数の人々の感情を考慮しなければならない。遺骨滅失に悲嘆する人もいる。撒骨はこれに加えて骨に対する不本意な接近接触の危険を生じ、これを嫌忌する人もいる。完全焼却や撒骨を適法評価するためには、賛成者多数だけでは足らず、悲嘆・嫌忌に対する受忍義務も必要である。しかし、受忍義務の論証は見当たらない。
 簡単に結論を出せるとは思えない。かつての脳死臨調のような議論が必要だが、検討の動向は見当たらない。遺憾ながら、このまま放置され、葬送の無法地帯化が進行して既成事実化すると予測される。

 死体等に対する罪については他にも問題を提起してきた。これまで殆ど無視されているから、学説として残ることなく消えると予測している。
(令4・3・21)