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撒骨(散骨)の法的評価 [撒骨・その15]


愛知学院大学名誉教授・弁護士 原田保

 何度も述べた事柄であるが、改めて概略を書く。出典は、何度も記載したので、省略する。
1 評価方法
 論点は遺骨遺棄罪成否という刑法解釈であり、撒骨は同罪構成要件の文言に該当可能である。かかる行為に法的な犯罪構成要件該当性を認めるためには実質的違法性の論証を要するところ、その根拠は受忍義務のない法益侵害である。そして、葬送は遺骨遺棄罪等の法益を保全する行為であるから同罪の構成要件に該当し得ず、葬送には追慕・拒絶の二面性があるから、そのどちらかに対する侵害が同罪の法益侵害に繋がる。
2 侵害の有無
 そこで、撒骨による侵害を検討する。骨の全部を撒布すると、記念・礼拝の客体滅失に対する悲嘆という追慕感情への侵害が生じる。一部だけの撒布でも、骨が飛散・流散して誰かに不本意な接近・接触を生じる可能性があり、これに対する嫌悪という拒絶感情への侵害が生じる。
 尤も、島根県カズラ島のような平素立入禁止の無人島での撒布なら、かかる感情侵害を生じる可能性は無視できる程度に小さい。故に、このような撒骨なら、当罰的法益侵害は生じず、適法であると評価できる。
3 受忍義務の有無
 このような一部の例外を除いた大多数の撒骨では、前記の感情侵害を否定することができないので、その侵害に対する受忍義務の検討を要する。これは社会法益犯罪の問題であるから、かかる事態に対して一般人が如何なる感情を抱くか、という問題である。即ち、一般人が前記の感情侵害に対して受忍を要求するなら、撒骨は適法であると評価できる。然るに、現在のところ、そのような受忍義務の論証は見当たらない。従って、かかる現状の下では、撒骨に対する違法評価を否定することができない。
4 撒骨適法説に対する批判
 現在主張されている撒骨適法説は、下記のような欠陥があり、到底賛同できない。
 国の承認説は、葬送の自由をすすめる会および同会創始者の勤務先であった朝日新聞によって広範に流布されたが、法務官僚個人の適法説を官庁・国の承認であると喧伝する虚偽主張であり、虚構の権威を掲げて反対意見を封殺する言説であって、凡そ法解釈ではない。
 葬送の自由説は、憲法13条に基づく人権として論じられているが、自分の死体の取扱方法は自己決定件権に属するとしても、葬送される者の人権から葬送する者の人権を導くことは、人権の主体を摺り替える論理飛躍の誤謬である。
 発覚防止説は、侵害の発生と発覚とを混同して「バレなければよい」という暴論を提示する言説であり、法解釈の名に値しない。
 社会的受容説については、現存する多数人の撒骨賛成論が「国の公認」という虚偽情報に誘導された迷妄であり、国の公認が存在しないことを知ると賛成論から反対論に転じる例もあって、法的評価の前提たるべき社会通念の存在が認められない。また、適法評価を導く社会的受容は、撒骨賛成論が多数であるだけでは足らず、前記の受忍義務を含むものでなければならないが、受忍義務の論証は存在しないから、適法評価を導く社会的受容は論証されていない。
 駄文筆者は以上の批判を何度も述べたが、反論は未だ見当たらない。反論提起による議論発展を期待するが、国の承認という虚偽情報は強固である。駄文筆者の言説は無視されたまま埋もれ去ると予測する次第である。
(令6・12・16)