無視されたままの被害者
愛知学院大学名誉教授・弁護士 原田保
何度も書き、学会論題として提案したが、反応は見当たらず、また書く次第である。被害者無視は他にもあるが、別の機会に譲る。
1 加害者死亡事件の被害者
被害者支援の大部分は、加害者への責任追及を前提としている。故に、加害者死亡事件では全く機能しない。加害者の生存・財産を条件とする支援は、被害者の権利という名称に値しない。犯罪被害者等給付金は加害者死亡事件でも給付されるが、これで十分な支援になる筈もない。一時金だけでなく、被害の内容・程度に応じた年金支給や税金・公共料金・医療費等の減免が講じられても不合理ではない筈である。このような制度が検討されないなら、被害者支援の意思に疑念を抱かざるを得ない。
2 警察官職権濫用事件の被害者
警察は被害者支援を標榜しているが、この種の被害者に対しては敵対がままある。警察当局が警察官の行為を適法と評価するなら、犯罪被害者は存在しないことになるから、被害者支援の対象にならない。警察官の行為が本当に適法であるなら当然であるとしても、そうではない事案が存在する。本当に適法でも、職権濫用だという主張があるなら、その主張の当否を客観的に判断しなければならない。
適法であると主張し続ける警察は、そのような客観的判断に適さない。故に、被害者支援を警察の独占事項にしてはならない。
3 不当軽微起訴事件の被害者
例えば、殺人罪や特別公務員暴行陵虐致死罪で告訴した事件が過失致死罪で起訴されたなら、告訴人が納得るとは考え難い。しかし、検察審査も準起訴も「不起訴処分」が条件であるから、如何に不当に軽微な罪名でても、起訴され事件は対象外である。別の罪名を主張する機会はない。
これは、暇な学者の考えた教室設例ではなく、実例が現に存在する。懲役・禁錮の宣告による公務員失職を回避するために罰金で済ませて検察審査・準起訴を阻止したという嫌疑もある。前記「2」と関連する問題であり、この制度的欠落の放置は理解不可能である。
4 冤罪事件の被害者
誤った嫌疑に対する雪冤の努力は話題になって注目され、その限りでは無視されていない。しかし、無罪判決による雪冤が実現されても、それで被害者支援が完了する訳ではなく、看過されている問題が多々存在する。
刑事補償法の抑留拘禁補償日額1万2500円、死刑補償3000万円という上限は、平成4年改正の規定であり、以後放置されている。当然に増額するべきであるが、匡からの支給金額を法律で直接規定する異例の方法も再検討を要する。AGU法研会論集18巻1・2号(平15)183頁および同誌20巻1・2号(平17)136頁参照。
更に、誤った嫌疑を受けた人の相当数は生活手段を失っている。国が誤って奪った生活手段の回復は、当然に国の責任である。真実の犯罪者には協力雇用主等の就職支援制度がある。犯罪者ではなかった人の生活再建を自己責任に委ねることが正義に適うとは、到底考えられない。
そして、誤った嫌疑が解消されても、犯罪発生が真実である限り依然として被害者は存在する。雪冤の歓喜に埋もれて無視されることがあってはならない。
(令7・4・3)
何度も書き、学会論題として提案したが、反応は見当たらず、また書く次第である。被害者無視は他にもあるが、別の機会に譲る。
1 加害者死亡事件の被害者
被害者支援の大部分は、加害者への責任追及を前提としている。故に、加害者死亡事件では全く機能しない。加害者の生存・財産を条件とする支援は、被害者の権利という名称に値しない。犯罪被害者等給付金は加害者死亡事件でも給付されるが、これで十分な支援になる筈もない。一時金だけでなく、被害の内容・程度に応じた年金支給や税金・公共料金・医療費等の減免が講じられても不合理ではない筈である。このような制度が検討されないなら、被害者支援の意思に疑念を抱かざるを得ない。
2 警察官職権濫用事件の被害者
警察は被害者支援を標榜しているが、この種の被害者に対しては敵対がままある。警察当局が警察官の行為を適法と評価するなら、犯罪被害者は存在しないことになるから、被害者支援の対象にならない。警察官の行為が本当に適法であるなら当然であるとしても、そうではない事案が存在する。本当に適法でも、職権濫用だという主張があるなら、その主張の当否を客観的に判断しなければならない。
適法であると主張し続ける警察は、そのような客観的判断に適さない。故に、被害者支援を警察の独占事項にしてはならない。
3 不当軽微起訴事件の被害者
例えば、殺人罪や特別公務員暴行陵虐致死罪で告訴した事件が過失致死罪で起訴されたなら、告訴人が納得るとは考え難い。しかし、検察審査も準起訴も「不起訴処分」が条件であるから、如何に不当に軽微な罪名でても、起訴され事件は対象外である。別の罪名を主張する機会はない。
これは、暇な学者の考えた教室設例ではなく、実例が現に存在する。懲役・禁錮の宣告による公務員失職を回避するために罰金で済ませて検察審査・準起訴を阻止したという嫌疑もある。前記「2」と関連する問題であり、この制度的欠落の放置は理解不可能である。
4 冤罪事件の被害者
誤った嫌疑に対する雪冤の努力は話題になって注目され、その限りでは無視されていない。しかし、無罪判決による雪冤が実現されても、それで被害者支援が完了する訳ではなく、看過されている問題が多々存在する。
刑事補償法の抑留拘禁補償日額1万2500円、死刑補償3000万円という上限は、平成4年改正の規定であり、以後放置されている。当然に増額するべきであるが、匡からの支給金額を法律で直接規定する異例の方法も再検討を要する。AGU法研会論集18巻1・2号(平15)183頁および同誌20巻1・2号(平17)136頁参照。
更に、誤った嫌疑を受けた人の相当数は生活手段を失っている。国が誤って奪った生活手段の回復は、当然に国の責任である。真実の犯罪者には協力雇用主等の就職支援制度がある。犯罪者ではなかった人の生活再建を自己責任に委ねることが正義に適うとは、到底考えられない。
そして、誤った嫌疑が解消されても、犯罪発生が真実である限り依然として被害者は存在する。雪冤の歓喜に埋もれて無視されることがあってはならない。
(令7・4・3)