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養育費の請求権の放棄について


愛知学院大学特別教授・弁護士 國田武二郎

Q: 私は夫との離婚に際し、養育費を請求しないという約束で子どもの親権者となることに同意してもらいました。しかし、諸物価が高騰して、生活が苦しくなったので夫に養育費を負担してほしいと考えています。改めて、離婚した夫に養育費を請求することができるでしょうか。

A: 貴方の養育費を請求しないという元の夫に対する約束は、法律的には2つの面があります。一つは、この約束を,親権に服する子どもの法定代理人として貴方が子どもの父親に対する扶養請求権を放棄したものと捉える場合です。しかし、子ども扶養権利者として、親に扶養を請求する権利があり、この子どもの扶養請求権を扶養義務者である貴方が勝手に放棄することはできません。この点について、法律は「扶養を受ける権
利は、処分することができない。」(民法881条)は規定しています。つまり、何としてでも「親権」を欲しいという一時の感情で養育費を放棄すると、子どもの生存が脅かされ、生活保護などの公的扶助に頼ることは私的扶養優先原則(生活保護などの公の支援はあくまで補足的であること)が維持できなくなるからです。したがって、子どもの法定代理人として子どもの父親に対する扶養請求権を放棄する約束は無効と解することができます。
 
二つ目は、この約束を父母間の養育費の分担について、父の負担をゼロにすることに合意したものとして捉える場合です。しかし、その場合でも、裁判所の判断は、合意の妥当性を検討し、➀その内容が著しく子どもに不利益であって子どもの福祉を害する結果に至るときは、子どもの扶養請求権はその合意に拘束されることなく行使できます。また、②合意後、事情の変更があり合意内容を維持することが実情にあわず、公平に反するに至ったときは、扶養料の請求や増額の請求ができます。

 ですから、設問の事例でも「約束」したからといって、無理に我慢しないで請求して下さい。養育費は子どものための生活費であり、元の夫は父親として子どもが精神的、経済的に自立して社会人として生活できるように扶養する義務があるのです。ただ、現実的には、直接、元の夫に申入れても「お前と合意したから」と言って拒否する態度に出る場合が予想されるので、弁護士に依頼するか、あるいは、家庭裁判所に養育費請求の調停を申し立てることをお勧めします(家庭裁判所の担当者は丁寧に申し合っての方法などを教えてくれます。)。

 なお、親権を取られた父親から、「養育費を出すから子供と定期的に会わせて欲しい」と言っていわゆる「面会交流」を求めてくる場合が想定されます。この場合、子どもが父親と面会することに不安がっていないか等、子どもの精神的な不安感などを考える必要があります。勿論、養育費の請求と面会交流とは別の問題ですから、面会交流を拒否しても養育費は請求できます。ただ、面会交流を認めてあげると元の夫も父親としての自覚が出て、養育費を支払うケースが多いと思います。

(AGULS94号(2025/05/25)掲載)