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確信犯概念に関する誤解・混乱


愛知学院大学名誉教授・弁護士 原田保

 現在の状況として、確信犯という言葉には、
  ①国の現行法により正しいと誤解して遂行した犯罪
  ②国の現行法により悪いと知りながら意に介さず遂行した犯罪
  ③国の現行法により悪いと知りながら公益的義務感で遂行した犯罪
  ④行為者の信じる規範により正しいと信じて遂行した犯罪
という4通りの意味がある。但し、①は違法性の錯誤であり、②は規範意識鈍麻であって、どちらも本来の確信犯ではない。これらを「確信犯」と呼ぶのは、誤用または新用法である。③が本来の確信犯であるが、周知されているとは認め難い。④は本来の確信犯と義務感を欠く独善とを包括しており、確信犯概念を拡張するものである。
 この誤解・混乱は、『デイリー法学用語辞典』(三省堂、平26)および文化庁HPの不適切な解説によると判断される。その解説は、
  「正しいと信じていることが特徴的である」
  「悪いと知りながら」は「単なる故意犯であり誤用である」
というものである。以下、この解説の問題点を指摘する。
 第1に、義務感に言及しない点は、ドイツの刑法学者が確信犯概念提唱の際に摘示した必須要素を無視する致命的欠落である。これでは、本来の確信犯の説明に凡そなり得ない。
 第2に、「正しいと信じている」旨を摘示する点は、確信犯概念を提唱したドイツの刑法学者を含めて誰も言っていなかった新説の提唱である。これは、本来の確信犯と異なる①および④を意味する表現であり、確信犯概念を変更するものである。
 第3に、「悪いと知りながら」は「単なる故意犯であり誤用である」という解説は、故意犯の意味および故意犯と確信犯との関係を適切に表現していない。「単なる」という修飾語は、確信犯が何か特別な故意犯であるという趣旨かもしれないが、説明はなく、意味不明と評する他ない。このような解説では、故意犯は確信犯ではないという誤解が回避困難であり、確信犯は当然に故意犯であるという正しい理解が妨害される。
 第4に、「正しい」「悪い」の判断基準が示されていないため、論旨を特定できない。「正しいと信じて」は、国の現行法を基準とするなら①の違法性の錯誤であり、行為者の信じる規範を基準とするなら④の確信犯概念拡張である。「悪いと知りながら」は、国の現行法を基準とするなら②の規範意識鈍麻と③の本来の確信犯との双方が含まれ、行為者の信じる規範を基準とするなら②と同様の規範意識鈍麻であって確信犯ではない。
 流布された解説にはこのような問題があり、本来の確信犯と違う意味を提示し、論旨を明示していない。そのため、誤解・混乱が生じた。
 「正しいと信じて」が正解であるという解説が示す正解は①および④であるが、どちらも本来の確信犯ではないから誤解が生じ、かつ、どちらであるかを特定できないから混乱が生じる。「悪いと知りながら」は誤用であるという解説は、公益的義務感の追加により正しい説明になる文言であるのに、②の規範意識鈍麻と共に③の本来の確信犯も誤用と断定して正しい理解を妨害している。
 以上に述べたように、流布された解説は、確信犯の意味に関して誤解・混乱を生じさせている。「正しいと信じて」も「悪いと知りながら」も、本来の確信犯の必須要素たる公益的義務感の無視という共通の欠陥を内包している。それは当該解説の著者が本来の確信犯を理解していないという事実を明示するものである。正しい理解のために、かかる不適切な解説は、早急に消去されるべきである。
(令8・4・3)