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危険運転致死傷罪の欠陥


                                       愛知学院大学教授 (刑事法)  原田 保

 危険運転致死傷罪には様々な問題があるが、私見によれば、傷害罪・傷害致死罪との法定刑軽重順序不統一およびこれに起因する類型的犯情と法定刑との軽重逆転が最大の欠陥である。
 危険運転致傷罪は懲役15年~懲役1月で、傷害罪は懲役15年~罰金1万円だから、傷害に留まった場合には危険運転致傷罪の方が重い。致傷の法条競合で傷害罪を優先適用すると、暴行傷害の故意がなかった場合の方が暴行傷害の故意があった場合よりも重くなる。この軽重逆転を避けるためには、危険運転致傷罪を優先適用する他ない。
 危険運転致死罪は懲役20年~懲役1年で、傷害致死罪は懲役20年~懲役3年だから、死亡に至った場合には危険運転致死罪の方が軽い。致死の法条競合で危険運転致死罪を優先適用すると、自動車を衝突させて死亡させた場合の方が素手で殴って死亡させた場合よりも軽くなる。この軽重逆転を避けるためには、傷害致死罪を優先適用する他ない。
 このように、法定刑軽重順序不統一があるから、致傷・致死の双方に一貫する罪名選択は必ずどちらかで軽重逆転を生じる。この不合理性の故に、法条競合を合理的に処理することができない。

 この問題について、駄文筆者は平成19年に論文を書き、法定刑均衡維持に徹する異説を提示すると共に自分が提示した説の欠点も自分で指摘した (岡野古稀および愛知学院大学法学研究48巻4号)。批判されて議論の契機になることを期待していたが、ほぼ無視されたままであるから、駄文筆者が提起した問題は議論に値しない、という判断が、学会主流の見解であると認められる。
 それでも懲りずに、本駄文では問題の根本的原因を指摘する。それは、法定刑に関する理解不足である。

 危険運転致死傷罪は結果的加重犯の構造であるのに、基本故意犯たるべき危険運転罪がない。起案当局者の論文では、危険運転行為は道路交通法違反罪として処罰可能だから危険運転罪は要らないと説明されている。
 先ずここに誤謬がある。危険運転行為は、複数の違反を同時に犯したり別の危険事情を付加したりするものである。各違反罪自体として重いというに留まらず、各違反罪の法定刑で十分に評価できる程度を超えている。起案当局者の説明には、行為に相応する刑の程度という観点の欠落がある。強姦罪があるから強盗強姦罪は要らないと論じるに等しく、法定刑が構成要件該当行為に対する類型的評価幅の表示であることを看過している。

 法条競合での軽重逆転について、起案当局者は、傷害罪の優先適用により危険運転致傷罪の適用が排除される場合の罰金選択は不相当であり、危険運転致死罪の優先適用により傷害致死罪の適用が排除される場合の傷害致死罪法定刑下限未満量刑は不相当である、と述べている。
 法条競合の場合に法定刑の一部を使用禁止にする主張であり、そのような構成要件・法定刑の規定が不合理であることを看過している。立法の過誤を司法に責任転嫁する論理であり、強盗致死罪を削除した上で強盗犯人による殺人罪には有期懲役を選択するなと主張するに等しい。法定刑中に適切な刑が含まれていればよいという理解が窺われ、ここでも類型的評価幅表示という法定刑の機能が看過されている。

 法定刑下限に関する起案当局者の説明は、「危険運転行為の危険性・悪質性」を「危険運転致傷罪>傷害罪」の理由とし、「危険運転行為が暴行に該当しない場合への対応」を「危険運転致死罪<傷害致死罪」の理由とする、というものである。
 致傷・致死の双方に妥当する2個の命題を各々一方だけで掲げる非論理的説明である。危険運転行為による死傷と暴行による死傷との軽重順序は、他の各種致死傷罪と同じく、死傷をもたらした行為の軽重によるべきものである。故に、その順序は致傷・致死の双方に共通する筈であり、致傷か致死かという結果の如何により順序を替える合理的理由はあり得ない。軽重順序の点で危険運転行為が「暴行にも該当する行為・暴行以上の行為」と「必ずしも暴行には該当しない行為・暴行未満の行為」との2種類に区別されることを看過した過誤であり、これも構成要件毎の類型的評価幅表示という法定刑の機能を看過したことが一因である。

 危険運転致死傷罪を創設する際に危険運転罪も規定することにしていれば、同罪の法定刑を決めなければならないから、暴行罪との軽重順序が検討された筈である。そうしていれば、危険運転行為と暴行との概念的関係も検討対象になり、危険運転行為が暴行との関係で2種類に区別されることを看過することもなかった筈である。この点を考慮していれば、両者に異なる法定刑を規定することによって、軽重順序の不統一や逆転を避けることができた筈である。
 法定刑に関する理解不足の故に、基本故意犯を欠く結果的加重犯という極めて不合理な規定が起案され、暴行との関係も軽重順序も等閑視された。まさに、諸悪の根源である。

 危険運転致死傷罪に関する議論は今後も継続されると推測できるが、出発点の立法過誤を是正するべく「危険運転罪」の追加を検討するべきである。そうすれば、駄文指摘の問題を含めて様々な問題の解決方法が得られる筈である。
(平29・6・16)