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取調べの可視化


愛知学院大学法務支援センター教授・弁護士 岩井 羊一
 「可視化」というのは、見えるようにすること、をいいます。取調べの可視化とは、取調べを見えるようにすることをいいます。具体的には、取調べをすべて録音、録画することです。
 2016年の刑事訴訟法の改正で、取調べの録音・録画制度が定められました。そして、この2019年6月1日、取調べの録音、録画制度についての刑事訴訟法の改正部分が施行されました。この改正によって、一定の事件については、取調べの全ての過程を録音・録画していない限り、取調べのときに作られた供述調書を証拠にできないことになったのです。
 なぜこのような法律ができたのか説明します。
 犯罪をやった疑いのある人は、逮捕されて、勾留され、身体を拘束されます。そして、取り調べを受けます。取調べのときに、捜査官に、事件のことを説明します。そのとき述べたことを、捜査官は、書類にまとめます。逮捕、勾留された人は、取調べでその調書を確認し、私の言ったことに間違いがありませんと書いてある部分に署名します。このようにして作られた書類を供述調書といいます。
 このような書類は、任意になされたときは、その調書が裁判でも証拠にすることができます。罪を犯したが被告人が、捜査段階で正直に話したことを、裁判になってからあれは違いましたと言い逃れができないように認められた証拠のルールです。
 ところが、2010年の厚生労働省元局長事件の無罪判決のように、取調べに過度に依存する捜査が批判を浴びました。また、氷見事件、志布志事件、布川事件、足利事件等の再審開始、無罪判決が相次ぎました。これらの事件では、取調べによる虚偽の自白、つまり実際には犯罪を行っていないにもかかわらず不当な取調べによりうその自白をしてしまい、それが裁判でも証拠とされてしまったということがありました。裁判所は、裁判になってからの無罪主張を、捜査段階で「任意になされたもの」と判断した自白調書があることを理由に退け、有罪にしてしまったのです。このことは、後に真犯人が現れたり、別の証拠によりその人の犯行があり得ないことが分かったりして、誤りであったことが判明しました。
 このため「任意になされたもの」かどうかをより客観的に判断できるように取調べの全てを録音、録画する制度が検討されてきたのです。これに対し、可視化をすれば自白が得られにくくなり、組織犯罪などの真相は解明が難しくなる等の意見もありました。けれども、冤罪のおそれが指摘されて、法務省における有識者の参加する法制審議会の議論を経て、刑事訴訟法が改正されることになりました。
 法律で対象となる事件は、身体拘束された裁判員裁判対象事件、検察官独自捜査事件です。これは、刑事事件全体の2%から3%に止まるものです。しかし対象となる事件については、取調べの全過程について録音・録画しなければならないことになりました。一部だけの録音・録画を許すのでは、録音・録画しないときに不適切な取調べをして、都合のいい場面だけを録音・録画する危険が残るからです。
 この制度は、不当な取調べによる虚偽自白を防止する効果を期待できるものですから、その対象が、全ての事件に広がることが望まれます。法が施行される前から、検察は対象事件以外にも、ほとんどの事件について、録音、録画をするようにしています。法律が施行された後の運用がどうなるか注目されるところです。
(AGULS第23号(2019/6/25)掲載)