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GPSストーカー最高裁判例に関する誤解


愛知学院大学教授 (刑事法) 原田保
 令和2年8月9日付けブログに書いたが、「GPSは見張りではない」という話が最高裁判例として語られる状況に、大きな変化はない。この誤解が払拭されることを期待して、また書くことにする。今回は裁判の経緯を中心とし、まず2件の高裁判例から述べる。

[判例1] かつて、福岡高判平29・9・22は、GPSストーカーにつき、ストーカー罪の成立を肯定した。これは、
  ① 公道上の自動車は「住居等の付近」である。
  ② GPSによる位置確認は「見張り」である。
という2個の命題に基づく判断であり、控訴審判例として確定した。

[判例2] その後、福岡高判平30・9・20は、同種のGPSストーカーにつき、ストーカー罪の成立を否定した。その理由は、人体を視認することなく自動車の位置を認識するだけの行為は相手に対する「見張り」ではない、という点にあった。検察官は判例1との相反を理由に上告したが、最一小判令2・7・30は上告を棄却した。

 判例1の「見張りである」と判例2の「見張りではない」との相反を理由とする上告を棄却して判例2を維持したという結論だけを見れば、最高裁が「見張りではない」との解釈を採用したと理解することはあり得る。しかし、これは判決理由の看過による誤解である。最高裁は判例2について「結論は正当」と判示しており、この表現は「理由は違う」という示唆を含んでいる。最高裁による判例2の維持は、ストーカー罪不成立という結論の維持であって、「見張りではない」という解釈の維持ではない。最高裁は当該事件について「付近において見張り」に該当しないと判示しているが、その理由は被害者の自動車も被告人のパソコンも被害者の住居等の付近ではないことである。つまり、「付近」の否定であって、「見張り」の否定ではない。最高裁は判例1の変更を明示しているが、これも、「付近」に関する変更であって、「見張り」に関する変更ではない。
 以上の通り、最高裁が「GPSは見張りではない」と判示したという事実は存在せず、最高裁は「見張り」の意味に関する判断を示していない。結論は同じだが、判例の趣旨は正しく理解しておくべきである。

 併せて、GPS規制のための改正方法について述べておく。ストーカー規制法2条1項各号所定類型の趣旨に関する話である。
 今回話題の「見張り」を含む1号は、「ストーカーが近くにいる」ことを前提とする類型である。だから、GPSという遠隔探知装置を1号に含めることは、解釈論としても立法論としても、合理性を欠く。
 遠近不問の規定は「監視」に関する2号だから、GPSを現行各号中に追加するなら2号である。しかし、現行2号は、監視自体ではなく、監視している旨を相手に認識させる行為だけを規定している。だから、このままではGPSを2号に明記しても無意味であり、GPSを規制するためには「監視し、又は」という文言を追加して被害者に知らせなくても該当する規定に変更することを要する。
 以上は、現行ストーカー規制法を前提として、GPSストーカーを同法で規制する場合の合理性という観点からの話である。駄文筆者の私見としては、同法は様々な欠陥を有する粗悪品であり、思い付きや感情論で改正すると更に悪化する。冷静かつ賢明な思考を念願するところである。
(令3・2・10)