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栃木女子高生死体事件寸評


                                     愛知学院大学名誉教授 弁護士 原田 保

 本件行為者は、令和5年10月19日に自動車で死体運搬中のところを死体遺棄罪で現行犯逮捕され、捜査過程で不同意性交罪および殺人罪の嫌疑も加わって、12月20日にこれらの3件につき起訴された。本駄文執筆の時点で公判に関する情報は得られていないが、重大な問題があると認められるので、取り急ぎ指摘しておく。

 問題は、死体遺棄罪の内容から生じる。報道によれば、現行犯逮捕の被疑事実も起訴状記載の公訴事実も、死体を「放置した」という不作為死体遺棄罪である。故に、作為義務の根拠・内容を論じなければならない。通常は親族関係に基づく葬送義務であるが、本件行為者は被害者との親族関係を有していないから葬送義務はない。加江田塾ミイラ事件では非親族に死体監護義務に基づく不作為死体遺棄罪が肯定されたが、本件では死体監護義務の前提たる病者保護義務を根拠付ける事情がない。故に、本件での不作為死体遺棄罪成立は、あり得ない。
 そうすると、本件で作為死体遺棄罪を論じるなら作為死体遺棄罪しかない。行為者との場所的離隔がなくても死体隠匿を以て死体遺棄を論じるのが現在の実務であるが、本件における死体隠匿については議論の余地がある。本件と同様に死体を自動車に乗せて走行した事案として大宰府車内死亡事件の先例があるところ。同事件では「積極的な隠匿行為」の不存在を理由として同罪成立が否定された。布を被せただけの本件で積極的な隠匿行為と評価できるのか否か、議論を要する。

 このような実体法上の問題と関連して、手続法上の問題もある。作為死体遺棄罪の成立が肯定されるとしても、起訴状記載訴因は不作為死体遺棄罪である。訴因変更を論じなければならず、公訴事実の同一性に関する議論を要する。もしも「布を被せた上、放置した」という表記なら、熊本死産児事件と同様の訴因不明示になる。
 更に、問題は他の2件にも波及する。不作為死体遺棄罪に該当する行為は存在しないから、同罪での逮捕は根拠を欠いており、違法評価を免れ得ない。当初に違法逮捕があったから、爾後の捜査について「毒樹の果実」法理の適用如何を検討しなければならない。強制性交罪および殺人罪の嫌疑も当初の違法逮捕から生じたものであるから、当該捜査過程で得られた証拠は悉く証拠能力を欠くという主張もある得る。

 そもそも、本件は軽犯罪法の死体不申告罪として立件するべき事案である。自動車運転中という事情に鑑みれば逃亡のおそれを認定できるから、軽犯罪でも現行犯逮捕可能である。本件捜査は、死体不申告罪を無視して死体遺棄罪を掲げた点で熊本死産児事件と同じ誤謬を犯している。同事件主任弁護人から「死体遺棄罪の濫用」という適切な批判が提示されているところ、かかる濫用の根底には「死体があれば死体遺棄罪」という短絡思考が窺われる。死体不申告罪の存在を知らなければ、この短絡思考は不可避である。知識を持たない人の権力行使は、恐ろしい。

 さしあたり気付いた問題を指摘したが、本件訴訟当事者がこれらの問題を看過するなら、あるいは、「常に優しく検察官に寄り添う裁判官」が本件を担当するなら、誤謬を放置した不適切な裁判が確定することになる。日本の刑事司法にとって恥と呼ぶべき事態であり、そうならないことを念願する次第である。
(令5・12・25)