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法律家の法律不知


                                     愛知学院大学名誉教授 弁護士 原田 保
  弁護士や法学部教授が法律について語れば、絶対に正しいと信じても不思議ではない。しかし、専門職の地位にありながら専門事項に関する知識・理解の不十分な人も実在する。どの分野でも、肩書軽信は危険である。

★撒骨の法的評価
 過去には『死んでもお墓に入りたくないあなたのための法律Q&A』(社会評論社、平4)14頁で、最近では葬送文化24号(令5)85頁で、撒骨は適法である旨を弁護士が述べている。法解釈も判例分析もなく、法務省が認めた、厚生省が認めた、だから問題解決済、という論旨である。
 問題は遺骨遺棄罪成否という刑法解釈であり、法解釈を決めるのは裁判所である。法務省や厚生省・厚生労働省の行政解釈があっても、裁判所が異なる解釈を採用したら直ちに「誤った法解釈」として排斥される。現行法下では、判例が出ない限り撒骨の法的評価は未解決問題であり続ける。 
 「法解釈は裁判所」という基本事項の認識があれば、行政官庁の名を掲げるだけで適法確定・検討不要と断じる誤謬はあり得ない。冒頭で紹介した言説は、意図的虚偽でなければ極度の知識欠乏によるものである。

★確信犯の意味
 確信犯に関する文化庁の解説が不正確であることは過去のブログで述べたが、『デイリー法学用語辞典』(三省堂、初版平27、2版令2)に同旨解説があることを知った。書籍の性質に鑑みれば当該筆者は刑事法関係の研究者または実務家である筈だが、解説内容は職に相応しない。
 ドイツの刑法学者は義務感を動機とする犯罪者を優遇する趣旨で確信犯概念を提示し、日本の昭和時代の辞典も同旨解説をしていた。ところが、『デイリー』は「自分の行為が正しいと確信して罪を犯していることが特徴的である」と解説し、義務感の指摘がない。確信犯優遇理由の無視は、確信犯概念存在理由の不知を意味する。「正しいと確信して」は昭和時代の辞典にない解説であるが、確信犯の「正しい」は国の現行法と両立しない行為者独自の規範によるものであり、『コンサイス法律学用語辞典』(三省堂、平12)は「実定法を超えた世界観」と解説している。しかし、『デイリー』にはこの点の指摘がなく、「国の現行法により正しい」という意味が排除されていない。違法性の錯誤との混同を招く不適切な解説である。
 更に、『デイリー』の「しばしば、自己の行為が犯罪に該当することを知りながら行為することの意味で用いられるが、これは単なる故意犯であり誤用である」という解説は違法性の意識があると確信犯ではないという趣旨に解されるが、違法性を意識しながら義務感を動機として敢えて遂行するのが確信犯である。『コンサイス』の解説にある通り「確信犯人は自己の行為が実定法秩序に反するとの認識は備わっている」のに、『デイリー』の解説はこの確固たる理解と矛盾している。違法性の意識と規範意識鈍麻との同視を疑わざるを得ない不適切な解説である。
 かようにして、『デイリー』には、確信犯と違法性の錯誤との混同、および、違法性の意識と規範意識鈍麻との同視、という2点の誤謬の嫌疑がある。文化庁の解説も同様であり、無意味な択一設問の元凶である。
 『デイリー』には「厳格故意説に対しては、確信犯を故意犯として処罰できなくなるという批判がある」という解説もある。確信犯における違法性の意識については、ブログ集Vol.3(令2)50頁で印刷されているので、反復しない。既に克服された昭和中期の議論を21世紀の辞典で述べる意味は理解不能であり、当該筆者の知識・理解に疑念を抱かざるを得ない。
(令6・1・25)