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「物」とはなにか


愛知学院大学社会連携センター教授 田中 淳子
 みなさんが販売している「物」は、食べ物であったり、乗り物であったり、植物であったりします。あるいは、ご自身のためにデパートで購入するのが、着る物であったり、履く物であったります。「物」なのです。一般的には、売買契約(民法555条)によって、その物の所有権を取得(民法176条)することが多いかと思いますが、相続(民法896条)によっても取得することがあるかと思います。売買契約や相続等、民法上の権利や義務の対象となる「物」については、総則に以下のような規定が置かれています。
              民法85条 「この法律において『物』とは有体物をいう。」 
 いうまでもなく、「この法律」とは、民法ですが、物とは「有体物」をいう、とのみ規定があるだけです。「有体物」とは、教科書的には「空間の一部を占めて、有形的な存在のものをいう」と解しています(小野秀誠『注釈民法(1)総則(1)』787頁)。もちろん、「電気」は有体物とは言い難いが、電気供給契約に基づき、使用料を支払って利用することができます。これは権利(債権)の客体となり、売買契約を締結することができる。著作権等の知的財産も無体財産であるが著作権法上の権利の客体となります。ここで問題とするのは、民法上の「物」概念です。
 85条の次条には、土地及びその定着物は不動産(民法86条)とし、それ以外は動産とする(民法87条)と規定されており、動産と不動産については明記されています。しかし、「有体物」であれば、なんでもよいのかどうか、は必ずしも条文からは明らかではありません。
権利の主体である「人」が」権利の客体である「物」の所有権を取得すると、法令の範囲内であるが、自由に使用・収益・処分をすることができます(民法206条)。ペットも有体物であり人ではないので民法上は「物」です。すなわち、「物」であれば、人が自由に使用できるのはもちろん、だれかに賃貸してもよいし、あげたり、捨てたりできます。すなわち、民法上の「物」とは、管理支配可能性があればよい、といえます。しかし、ペットをそのように扱うなど、私もみなさんも考えたことすらないと思います。
 最近では、生殖補助医療の発展により、精子や卵子、受精卵も生殖補助医療を目的にする場合には、無償で提供を受けることが可能です。また、人体の一部や臓器等も同様に、SNS等で国の内外において有償で取引されている例も多くみられます。特別法や利用が限定されている場合を除き、人体の一部の臓器やヒト由来の物を売買契約の客体としての「物」として扱ってよいかは問題です。「有体性」はあるものの、返品や交換や廃棄を契約上の効果として認めるとすれば、民法の体系上、権利の主体である「人」が客体である「物」に近づくことになります(人のモノ化。焼骨を加工してアクセサリーにする等も)。他方、ペットに権利を、という議論等は「物」のヒト化といえます。今後は、AIロポット技術の進展次第ではモノのヒト化は現実になるのでしょうか。140年前の科学、経済、社会、そして国際事情を踏まえて構築された現行の法制度は、多くの問題を抱えています。合理的と思われる解決策は、いまなお、そしてこれからも、複雑な事情を総合的に私たち人自身が検討していかなければならないと考えます。なぜなら、出した結論に責任を担えるのは、「モノ」ではなく、我々生身の人間たちを置いて他にはないからです。
(AGULS第71号(2023/6/25)掲載)