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契約書のチェックと法律


[浅賀 哲]
契約書作成の手法、留意点等について説明する。民法典にある典型契約から、フランチャイズ契約、事業譲渡契約等の非典型契約等についても、具体的な契約書例等の紹介をする。

契約書のチェックと法律
1 契約審査にあたっては,具体的な紛争になりそうな場合を想定して,紛争を事前に予防することが肝要です。
2 紛争を回避できず,裁判等法的紛争になることもあります。相手方と紛争が生じて,裁判等になった場合に,どのような問題点が生じうるのか,契約審査の時点で事前に検討することが不可欠です。あわせて,強制執行の場合,相手方が倒産した場合等の問題点についても検討する必要があります。
3 法的適合性,さらには社会的相当性・企業倫理等を意識して,コンプライアンス上問題とならないようにすることが極めて重要です。今日の企業経営において,コンプライアンス違反は,企業の存続をも決しかねない重大な企業リスクです。それを回避するのが,契約審査部門の重要な役割の一つといえます。

◆契約審査の視点
契約書を作成する目的は,企業が経済活動を他者と行うにあたり,そのルールを設定し,予測可能かつ安定した企業活動をすることにあります。それでは,契約審査にあたり,具体的にはどのようなことを意識して臨むべきでしょうか。
以下,請負契約の実務で広く用いられている四会連合協定工事請負契約書の「乙(請負人)は,甲(注文者)の書面による承諾を得なければ工事の施工を一括して他の業者に下請させることができない。」という条項を素材に検討します。なお,建設業法22条では,一括下請負を禁止していますが,同3項では元請負人があらかじめ発注者側の書面による承諾を得た場合には,一括下請負も禁止されません(ただ,3項については改正条項があり,平成20年12月19日までに政令で定める日から,一括下請ができる工事の範囲が限定されることになります)。

◆予防法学的法務・戦略的法務を意識する
法務部等の審査部門の契約審査における役割は,紛争を回避するという点に尽きるといっても,言い過ぎではないでしょう。紛争が長期化し,遠い将来に裁判において自社が結果として勝訴したとしても,疑義がある条項を用いたがために紛争が生じたこと自体,審査部門はその役割を果たしたとはいえないでしょう。医学の場面では,事後的に病気を治療するのではなく,いかにして病気にかからないようにするか,事前の予防方法が精力的に検討されています。このように,紛争・トラブルを回避するというアプローチは,契約実務にも妥当し,予防法学といわれる分野を構成しています。
紛争を回避するためには,事前に,どのような紛争が発生しうるのかを具体的に想定・イメージすることが必要です。これは,リスクを想定するということです(→第1編第2章第1節)。契約審査にあたっては,第1次作業では論理的に考えられるすべての契約リスクを一通り挙げてみることでしょう。そして,その後の第2次作業で,論理的に考えられるリスクのうち,発生の可能性が高いリスク,実務上問題となる現実的なリスクを意識したうえで,その回避をすることが必要です(第1編第2章第2節)。

上記例でいえば,自社では付随的な工事のみを行い,主たる工事を他の業者に下請発注したといった限界事例においては,紛争を生じる可能性があります。これは,契約条項の「一括して」という文言をめぐる契約当事者の争いです。審査部門としては,このような問題点があることを事前に想定すべきです。審査部門では,自社の依頼部署(工事部のことが多いでしょう。)からかかる可能性がないか,綿密なヒアリングをする必要があります。そして,本件工事でそのような問題点が現実には生じない場合は,問題がないことになりましょう。これに対して,下請業者に多くの工事を請負わせるような場合には,「一括」下請とならないように,工事内容,工法等のアドバイスをして,現実的なリスクを回避する必要があります。
また,当事者双方が契約書に調印して,契約が成立した以降も,審査部門は,他の部門(工事部門等)が契約を誠実に遵守して履行しているか,否かを確認する必要があります。審査部門の人員等の関係で,法務部等の審査部門にどの程度までチェックができるのか,限界がありましょうが,何を確認すれば,自社が契約を遵守していることをチェックできるのか,管理部門に指示を出すことは不可欠です。上記例でいえば,管理部門に下請業者等に対する発注書等を確認,検討することを指示することが必要でしょう。ある業者やその関連会社に対し,代金の支払いが集中する可能性がある場合には,一括下請け,丸投げをしている可能性が疑われますので,管理部門から,そのような報告があった場合には,審査部門としては,契約の履行状況の精査が必要な場合もありましょう(第2編第6章第1節)。 
企業法務である以上,自社にとってどのような条項にしたら契約内容が有利になるのかを検討することは当然に要請されます。自社のリスクを極力低くさせ,さらには企業利益にも結びつくように,審査部門としては戦略的に契約条項を検討することが必要です。「相対的リスク」の検討といえます(→第1編第2章第2節)。上記例における請負業者の立場でいえば,契約書作成時点で,下請業者に一括して工事を請け負わせるとの内容をその契約書をもって認めさせることはできないのか,その可能性を模索することも必要な場合もありえましょう。審査部門も企業の一翼を担う以上,企業活動の有利な展開を模索する場面も増加しています。ただ,かかる場合でも,最も中核的な事項は,あくまで紛争を回避することにありますので,この点を看過することはできません。契約内容が戦略性に富んで紛争が生じることは,回避すべきです。

◆裁判,強制執行,倒産の場面を想定する
審査部門の努力にもかかわらず,残念ながら,何らかの理由で裁判にないとはいえません。審査部門としては,紛争の回避に努めながらも将来の裁判を想定して契約審査を行う必要があります。民事裁判の場面においては,ある条項の事実関係について,自社と相手方のいずれが,裁判上の証明責任を負うかを意識することが重要になります。裁判所は,原告・被告の双方が提出した証拠から判断して事実関係の心証を形成できない真偽不明の場合に,一方当事者に対して不利な認定をせざるをえませんが,これを証明責任といいます。上記例でいえば,甲(注文者)の書面による承諾を主張・立証する責任を負うのは乙(請負人)であり,これを請負人が立証できない場合には請負人が敗訴となるので,請負人はこの前提に沿った行動をすることが必要です。このように紛争となった場合には,証拠が裁判の成否を決することになりますので,請負人が下請業者に一括して発注するには,疑義のない注文者の承諾書を事前に得ることが必要です。請負人がどのような書面を保持している場合に,裁判に勝つ抜くことができるのかを検討し,審査部門としては,書類(証拠)の作成・保存を各部署に指示することが不可欠です。場合によっては,審査部門において,承諾書の書式を予め作成し,相手方にこの承諾書に署名捺印を得させる等の具体的な指示を出すことが必要なときもありましょう。
また,相手方が契約に違反した場合の制裁についても意識する必要があります。上記の例では,契約の解除(民法541)のほか,損害賠償請求(民法415)が考えられますが,損害額の立証が困難な場合も多く,このような場合に備えて損害額を予め規定した違約条項を設けることも検討すべきでしょう。ただ,この違約条項についても損害賠償額が余りに高額等の不合理な内容のものは,公序良俗に反して無効(民法90)ということにもなりかねないことから,この内容の検討も重要となります(→第3編第1章第3節,第2章第3節)。さらに,相手方が契約に違反し一括丸投げをしたこと,損害額の立証に成功し,民事裁判上,損害賠償請求が肯定された場合でも,相手方に責任財産がないときには,自社としては,結局強制執行ができないことになり,損害の填補をすることができません。審査部門としては,この点の検討も不可欠となり,相手方の資力や担保等についても考慮することになります。このように民事執行の場面を意識することも,契約審査にあたっての重要な視点となります。ここで,契約の履行状況について再度検討をしてみますと,相手方が契約に違反する場合として,個別の特殊要因により相手方が違反する場合と,倒産場面で違約する場面の二場面に大別することができます。上記例でいえば,相手方が一括丸投げにはあたらないと判断したものの,客観的には一括丸投げに該当して契約に違反してしまったというような場合は,前者です。
これに対して,資金繰り上,丸投げをして不当な利益を得て,ほどなく相手方が倒産してしまったという場合が後者といえます。違約の少なからぬ要因は,後者の場面にあるといえます。そこで,審査部門としては,相手方に破産手続開始決定がなされた場合(破産法30),民事再生手続開始決定がなされた場合(民事再生法33),会社更生法上の更生手続開始決定がなされた場合(会社更生法41)を検討することは有用でしょう。上記例でいえば,請負業者が一括丸投げしたまま,破産手続が開始された場合を考えてみます。この場合には,自社が有する損害賠償請求権は,破産債権(破産法97以下)となり,確保された破産財団を債権額に応じた按分弁済する(破産法194②)ことによる配当(破産法193以下)を受けることしかできず(配当率が数%のことがほとんどです。),少額の損害回復にとどまることがほとんどです。そうであるならば,審査部門としては,請負代金の支払時期(相殺は,破産になっても可能です。破産法67),担保(別除権としての行使が可能です。破産法65)等を工夫する必要があることもありましょう(→第3編第6章)。

◆ コンプライアンスを意識する
今日,企業には,高度なコンプライアンス,法的適合性が求められています。企業が社会的存在であることから,法律に従った企業活動をすることは当然であり,近時企業の多数の衝撃的な不祥事により,その重要性は極めて大きくなっています。コンプライアンス違反は,マスメディアでも大きく取り上げられ,上場廃止になったり,場合によっては廃業・倒産等,企業の存続さえも許されないこともあり,その重要性は強調してもし過ぎることはありません。これは,「絶対的リスク」といえ,その回避は極めて重要です(→第1編第2章第2節)。審査部門としては,契約審査にあたっては法令,特に各種規制法を検討する必要があります。また,民法,商法等の一般法では有効なことでも,事情によっては,独占禁止法等によって規制されることがあり,大企業になるほどこの点を意識して検討することが不可欠となります。
上記の例でいえば,建設業法の検討が必要となります。請負業者の審査部門としては,丸投げ等をして万が一にも建設業法に違反するような行為等がないように契約の履行をチャックする必要があります。また,一括下請させる場合においては,建設業法に従い,書面による注文者の承諾書を取ることが不可欠となります。審査部門,法務部門の素養として必要なのは,法規上の形式的な理由にとどまる検討ではなく,法の目的,趣旨にさかのぼった実質的な原理原則に基づくアプローチです。このような審査部門の姿勢こそが,他の部門の信頼・理解を得ることにつながりますし,限界事例の分析,判断に役立つこともなります。また,審査部門としては,かかるアプローチに従った事例検討を行うとともに,検討された事例等を他の部門へ情報提供等することが重要になっています。事例を集積して企業研修を行うことも必要でしょう。
さらには,法に違反した場合の効果についても検討する必要があります。民事法上,契約条項が否定されるのか(無効,または解除原因),損害賠償請求が可能なのか等を検討し,問題点を検討しておく必要があります。また,刑事法上の制裁,行政法上の制裁等企業が違反した場合の制裁,サンクションについても,シビアに検討する必要があります。建設業法22条に違反した場合には,国土交通大臣等による指示及び営業の停止の処分を受けることがあります(建設業法28)。この場合の企業リスクを各部署に説明し,契約条項を遵守させることが審査部門には期待されています。
また,企業活動が法令を遵守しているかという視点のみならず,活動が社会的に相当なのか,企業倫理上問題がないかという検討を忘れてはなりません。国が定めた法令というのは最低の基準であり,これを遵守することにとどまらず,企業は倫理に違反しないことも要請されています。これは,社会的な影響の大きい上場会社であればなおさらです。社会的に問題となった事例等を審査部門で集積検討し,社会的相当性のチェックをすることは,今日においては不可欠です。このような企業姿勢は,社会の信頼を得て,企業評価を高めることにつながり,むしろ「攻めの」法務といえます。コンプライアンスの重視により,売上高,利益額がむしろ増加するのです。

◆ 企業の実情
基本合意に違約した場合の企業の責任
住友信託銀行と旧UFJ銀行3社との間で,協働事業化(事業再編と業務提携)について基本合意を締結したものの,旧UFJ銀行が基本合意に基づく協働事業化に関する最終契約を締結する義務または独占交渉義務および誠実義務に違反したとして,契約を履行すれば得られたであろう損害賠償金2331億円のうち1000億円を請求するという係争が生じました。
第1審の東京地方裁判所の判決(東京地裁平成18年2月13日判決 判時1928.3)は,最終契約の締結義務は否定したものの,独占交渉義務及び誠実義務違反については肯定しました。ただ,最終契約が締結されれば得られたであろう利益(履行利益)については義務違反との間に相当因果関係がないとの理由により否定されています。そして,控訴審の東京高裁では大幅に減額された解決金25億円を支払うとの内容により和解が成立しています。この裁判例からすれば,M&A取引の場合には,最終契約を締結する義務が否定され,いわば契約を履行しない自由が保障されていることになりますが,信頼利益に相当する賠償を負担しなければならないこととなりました。契約が締結されないという事態を極力回避するためには,基本合意の段階で違約した場合のペナルティ条項を設定するのも一方策といえましょう。

弁護士に聞きたい
Q コンプライアンスという考え方には,法令適合性のみならず社会的相当性も含むのでしょうか。
A コンプライアンスという用語は,一般に「法令遵守」と訳され,法律を形式的に遵守することだと考えがちでした。しかしながら,「企業の社会的責任」(CSR)という考え方があるように,ステークホルダー等企業を取り巻く利害関係人に対する積極的な社会貢献が期待されています。そうであれば,コンプライアンスも,法令の趣旨・目的,社会常識,倫理に従った活動という実質的な意味で理解されなければなりません。「法律ギリギリならば構わない」という姿勢は厳に戒められなければなりません。社会常識は時代とともに変化するものであり,また,法令を事後的に判断する裁判例も予断をゆるさない面がありますので,企業活動は余裕をもって行うべきであり,万が一にもコンプライアンス違反がないようにすべきです。

参考文献

「実務 企業統治・コンプライアンス講義 改訂増補版」民事法研究会
井窪保彦・佐長功・田口和幸編著 20頁以下

「コンプライアンス」の基本が分かる本 PHP研究所
浜辺陽一郎著 169頁以下